坂本龍馬の星
自然法算命学で坂本龍馬の星を分析しました。
参考 ⇒
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』坂本 龍馬(さかもと りょうま、天保6年11月15日(1836年1月3日)
慶応3年11月15日(1867年12月10日))は、日本の近世末期に活動した武士。
土佐郷士に生まれ、脱藩したのち、倒幕および明治維新に影響を与えた幕末の志士である。
――――――――――
【立春説】――――――――――
【立春説】で見た坂本龍馬の星
□宿命(陰占)□生年月日 1867年 12月 10日 (月) 性別:男性
●本気で取り、立春を新年の区切りにした場合
日 月 年
25 38 53
庚 戊 乙
子 子 未
辰巳天中殺
□宿命(陽占)□☆☆☆┃司祿星┃天南星
━━━+━━━+━━━
調舒星┃調舒星┃玉堂星
━━━+━━━+━━━
天極星┃龍高星┃天極星
立春説の特徴
天干干合は情に脆く、本質は平和思考です。
害は自分の考え方を相手に押し付けたくなります。
干合があり情に脆く、自分より強い立場の人に対して自分の意見を表明できない気の動きとなります。
価値観の異なる人に対して、相手の考えをただそうとして人間関係の摩擦を生じる動きとなります。
家庭を優先した考えを持ち、祖国を離れて安定した家庭を築こうとする動きです。
水火の激突あるも、文化人の星配置です。
20代は一歩退いた意識で建て直しの運気です。
31才 1867丁卯年12月10日(他界)
甲壬丁 乙 庚戊乙
子子卯 酉 子子未
死期の運気は廻っていません。
自分の周囲で入れ替わり現象が生じ、配偶者に禍が出やすい運気です。
――――――――――
【冬至説】――――――――――
【冬至説】で見た香取慎吾さんの星
□宿命(陰占)□生年月日 1836年 1月 3日 (月) 性別:男性
●本気で取り、冬至を新年の区切りにした場合
日 月 年
庚 戊 丙
子 子 申
辰巳天中殺
□宿命(陽占)□☆☆☆┃車騎星┃天禄星
━━━+━━━+━━━
調舒星┃調舒星┃貫索星
━━━+━━━+━━━
天極星┃龍高星┃天極星
冬至説の特徴
初年期に貫索星・天禄星があり、社交において度胸が備わる星配置です。
車騎星は丙火から表出され、明るくさっぱりしていて行動力があります。
この気の動きが明るくさっぱりした性格となって現れ、主星の調舒星が自分自身に完璧を求める星配置となっています。
半会があり共通の目的のためにまとまろうとする星の動きとなります。
宿命は水火の激突があり、平和期の芸術家、動乱期の英雄の性情です。
そのなかで使命感(車騎星)をもって要(貫索星)であろうとする星の動きです。
21歳からの大運第3旬に辛卯が回り、年干丙火と干合し、従生再建(破)格の運勢です。
未来のために知恵と変革を手段として建て直しの運勢が廻っていました。
31歳からの大運第4旬に壬辰が回り、再建格から普通命式になりました。建て直しの役目が終わり、大運天中殺に入りました。
一生の中で21歳からの10年間のみ、異常な生き方ができる運勢であったといえます。
坂本竜馬は、龍馬が生まれる前の晩に、母親が龍が天を飛ぶ瑞夢を見たとされ、(または父が駿馬の母が蛟龍の夢を見たともあり)、それに因んで龍馬と名づけられたとあります。幼い龍馬の背には一塊の怪毛があったという伝説があるそうです。
31才 1867丁卯年12月10日(他界)
甲壬丁 壬 庚戊丙
子子卯 辰 子子申
亡くなった大運は壬辰で、龍を象徴する干支です。
未来中殺、健康中殺、害、刑の運気でした。
役目が終わって天に召されたとも言える気の動きでした。
一生の中で21歳からの10年間のみ、異常な生き方ができる運勢であったといえます。