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鬼谷子という人-1


「算命学」というとき『鬼谷子算命学』といわれます。

『鬼谷子』という人について調べましたので記載しました。

■鬼谷子■

周易の「時に赴く」を、鬼谷子は「」をエネルギーと観じて、陰陽・五行と周易とを統括して、ついに「五行易」および「幹支学」を大成した。

(※ 「五行易」とはト占(ボクセン)の占いで断易とも言われます。)
(※ 「幹支学」は干支学のことです。)
(※ 鬼谷子は易学に通じており、断易の発明者となっております。)
(※ 幹支学の大成こそ、それまであった陰陽五行の干支学をまとめた人であり、この人から干支による占術の技法が活用応用され、後世の算命学をはじめ、四柱推命等に影響を与えた人物と見るのが妥当であると思われるのであります。)

鬼谷子(然403~全256年)は、今から2300年あまりまえの戦国時代、揚子江流域の楚の国に生まれました。本名を王翻(おうく)と言われました。「頴川(えいせん)の陽城に鬼谷あり、蓋(けだ)し是その人のおりし所、よって号となす。」と記されています。鬼谷という地にいらっしゃった大学者、大先生であったので、『鬼谷子』と呼ばれたということのようです。
(『史記』の註、徐廣の『音義』より)

東、斉に師事して、鬼谷先生に習ふ。
(『史記』(蘇秦伝)より)

かって蘇秦とともに鬼谷先生につかへて、術を学ぶ。
(『史記』(張儀伝)より)

当時、春秋戦国時代の秦が生まれる時代、論客、兵法家として有名な蘇秦、張儀の師匠であった、ということでのあります。

鬼谷子の伝記が『史記』にはないことから、『鬼谷子』(三巻)は後世の仮託である、と説く学者もいるが、児島献吉郎(兒島獻吉郎)訳・註『国訳漢文大成』(経子史部第十巻)の中の『国訳鬼谷子』には、次のように説かれている。

晋・宋・斉・梁の際に、『鬼谷子』(三巻)があったことは、晋に皇甫謐(こうほひつ)や楽壹(がくいつ)の注釈があり、梁に陶弘景(たうこうけい)の注釈があったことから推しても確実であり、『鬼谷子』の内容が蘇秦伝と符合することから推察して、蘇秦の撰著と見なすべきである。
(『国訳漢文大成』(経子史部第十巻)の中の『国訳鬼谷子』より)

(※ 要するに児島献吉郎によると、鬼谷子は後世の仮託ではなく、実在の人物であると考えるのが妥当であるということのようです。)


鬼谷子の自然観・倫理観・人間観は、春秋時代(前770~前400年)の老子の玄学思想と面々相通じ、かつ兵学思想は孫子と相通じ合うものであったようです。

鬼谷子』は指南(磁石)の車に乗るとあり、方位磁石を使用していた。ともあります。
(ということは、いわゆる中国占星術における方位学、奇門遁甲等を使用していたと想定するのが妥当です。)


その思想は、陰陽の和合を持って、天地陰陽の道であり、人に説く法則、教えである。これが、すべての物事の覚るべき道、先見の明の道である、と説かれています。
それは、耳や目などの感覚器官にとらわれることなく、それを乗り越えて、心眼によって機(=機微。表に現れない幽玄微妙な動き)を知ることが必要である。
そして、人や物事の吉凶の先見、行く末を、心眼によって洞察し得る者は、その行く末は軽々しく言葉に出すべきではない。

とあります。

(参考文献:象学・運命の構造、平河出版社)


○ 自然法算命学 観山素至命

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